アクアフォトミクス:水の役割を理解するための新しい科学
アクアフォトミクスは、神戸大学農学部バイオ計測学研究室のルミアナ・ツェンコヴァ教授によって提唱された新しい「オミクス」分野です。この新分野の主な目的は、生体および水系における水分子システムの役割を、さまざまな摂動下における水の電磁(EM)スペクトルをモニタリングすることによって理解することにあります。
アクアフォトミクスは、水のEMスペクトルパターンを、そのシステムの機能性に直接関連する多次元的・全体的マーカーとして提示します。アクアフォトミクスは、生体および水系における水が物質とエネルギーの「鏡」として働くという発見に基づいており、そのスペクトルパターンを利用することでシステム全体を特徴づけることができます。これを Water Mirror Approach(WAMA、水鏡アプローチ) と呼びます。

アクアフォトミクス:分断的アプローチから全体的アプローチへ
水は人間の健康、食料安全保障、持続可能な開発、環境にとってかけがえのない資源です。水の役割を理解することは極めて重要です。歴史的に、水の性質は広く研究されてきました。水自体の化学を研究するために、X線分光からTHz分光まで、さまざまな手法が用いられてきました。しかし、それらの技術は水分子に関する貴重な情報を提供する一方で、水を孤立した化学的・物理的対象として捉えることに重点を置いてきました。つまり、水を環境と相互依存した機能システムとしてではなく、独立した存在として見ていたのです。
同様に、生物学の分野でも、最近まで生物学者は自然現象に関連する個々のバイオ分子に焦点を当てており、システム全体の構成要素や特に「水」の寄与は考慮されてきませんでした。
しかし、単一のバイオ分子の機能は、その分子構造に強く依存しており、その構造はシステム全体の要素に影響を受けます。つまり、分子は周囲から切り離して考えることはできません。さらに、その分子構造は周囲の水分子との水素結合の形成に大きく関係しています。
したがって、アクアフォトミクスにおいては、生体系の水分子構造を、そのシステム機能を反映する「鏡」として全体的に捉えます。
アクアフォトミクスと言語化
水は異なる分野でさまざまな方法で研究され、それぞれの分野で固有の専門用語が使われています。そのため、研究成果を分野間で翻訳・共有するのは容易ではありません。アクアフォトミクスは、水の「語彙」を構築する機会を提供します。ここで「文字」は水の吸収帯(Water Absorbance Band, WAB)、「単語」は水のスペクトルパターン(WASP)であり、異なる現象を表現することができます。これにより、水に関する知見を分野間で翻訳することが可能になります。
アクアフォトミクス:新しい「オミクス」分野
還元主義から全体論的アプローチへ
ゲノミクス、プロテオミクス、メタボロミクスなどの「オミクス」は生命科学に革命をもたらしました。しかし、それらはシステムを要素ごとに分解して研究する、いわば「還元主義的」アプローチです。
一方、システム生物学や機能的オミクス分野はより全体的な見方を提供し、複数のオミクス情報を統合して細胞生物学を理解しようとしています。
アクアフォトミクスはこれらすべてのオミクスを包含する真の全体論的アプローチです。さまざまな摂動下で得られた「ビッグ・スペクトル・データ」を活用し、水スペクトルのみを解析することで、システムの機能性や構成要素に関する知見を提供します。

静的・破壊的手法から動的・非破壊・非侵襲的手法へ
従来のゲノミクスやプロテオミクスでは、個々の要素(遺伝子やタンパク質)を一つずつ分離して解析する必要があり、多大な時間と労力を要します。また、対象を破壊してしまうため、単一時点での「静的」な情報しか得られません。
アクアフォトミクスでは、非破壊・非侵襲で同じ対象を継続的かつ高速に測定できるため、生物学的プロセスを動的にリアルタイムでモニタリングすることが可能です。
アクアフォトミクスと従来の分光法の違い
従来の近赤外(NIR)・赤外(IR)分光法では、水の吸収帯は「妨害」と見なされ、測定対象分子を観察するために水を除去することが一般的でした。対照的に、アクアフォトミクスでは水のスペクトルパターンを主な情報源とみなし、水を「マトリックス」「器」「足場」と捉えます。
アクアフォトミクス用語集
水吸収帯 (WAB: Water Absorbance Band)
摂動に応答して光学濃度(OD)の変動が最大となるスペクトル帯域。水分子構造や機能性の情報ハブであり、アクアフォトミクスでは「文字」と呼ぶ。
WAMACS (WAter MAtrix CoordinateS)
生体系において、異なる摂動が水スペクトルに与える影響を記述するための座標系。水分子構造に対応する情報ハブであり、第一倍音領域で12種類が実験的に確認されている。
WASP (WAter Spectral Pattern)
特定の摂動に対する水吸収帯の組み合わせによって形成されるスペクトルパターン。システムの機能性に直結する「単語」として機能する。
アクアグラム (Aquagram)
水スペクトルパターン(WASP)を星型チャートで可視化したもの。異なるシステムや条件の比較に利用される。
アクアフォトーム (Aquaphotome)
既知のすべての水吸収帯とその構造的アサインメント、ならびにそれぞれの機能性をまとめた包括的データベース。水と光の相互作用の「アルファベット」として機能する。
WAMA (Water Mirror Approach)
水が物質・エネルギーを「鏡」として反映する特性を活用する考え方。水分子構造(スペクトルパターン)を通じて、システム全体の情報を得る。